『まんげつのよるまでまちなさい』
マーガレット・ワイズ・ブラウン 作
ガース・ウイリアムズ 絵
松岡享子 訳
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子どもによく言う言葉のひとつに、「ちょっとまって」があると思います。
親の都合での「ちょっとまって」はなるべく言いたくないものですが、中には本当に待たなければならない事もありますよね。
幼稚園に行きたいと思っても、年齢が足りてないと行けないし。
車を運転したいと思っても、まだまだ、何年も先の話です。
でも、待った先にはきっと素敵な事が待っている。
そんな絵本を、今日は紹介させてもらいます。
今日の絵本は、『まんげつのよるまでまちなさい』です。
あらいぐまのぼうやは、よるを見たくてたまりません。
ことある毎に、お母さんにききます。
「よるをみたい」
でもお母さんは、その都度言います。
「いまはだめ。まんげつになるまで まちなさい」
ぼうやは待ちました。
その間にぼうやは、すこし太りました。
前足を洗える様にもなりました。
少しずつ、大きく成長していきました。
やがて、大きくなったぼうやは、お母さんにきっぱりと言いました。
「いいかい、かあさん。ぼく、これから もりへ よるを みにいくからね。いいでしょ?」
そんなぼうやに、お母さんは答えます...。
外の世界に興味津々のあらいぐまのぼうやは、幼い子どもそのものです。
そんなぼうやに「まだだめ」だと言うだけでなく、ぼうやの想像力や好奇心をくすぐる素敵な話や歌を聞かせるお母さんは、本当に母親の鏡の様です。
あとがきで訳者の松岡享子さんが述べています。
「たいていの子どもは気がつかないことですが、子どもたちは、待っている間に、日に日に成長し、ときが満ちるころには、願ったものを与えられるにふさわしい自分に育っているものなのです」(あとがきより抜粋)
子ども達は確かに、沢山の規制の中で生活しています。
でもその中には必要な待機や我慢もあります。
「何故待たなければならないのか」、説明したって子どもにはわかりっこありません。
このあらいぐまのお母さんの様に、きっちりと、でも子どもの気持ちにもちゃんと答えながら、その時を待たせられる親になりたいものですね。
マーガレット・ワイズ・ブラウンとガース・ウイリアムズ。
この2人のタッグに、わたしはとことん弱いです。
お母さんとぼうやの微笑ましいやり取りに、所々挟まれる幻想的な歌。
その雰囲気にぴったりとはまる、ガース・ウイリアムズの美しい絵。
秋の夜長にぴったりな1冊です。
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【60】『まんげつのよるまでまちなさい』
マーガレット・ワイズ・ブラウン 作
ガース・ウイリアムズ 絵
松岡享子 訳
ペンギン社 1978/07
この絵本は子どもの「待たなければならない時」を描いていますが、親の都合で「待たせる」事が多いのも、また事実です。
「ちょっとまってね」が口癖になっているお母さんも多いと思います。
かく言うわたしも、気付けばこの言葉を使ってしまっています。
子どもには子どもの時間が流れています。
大人の様な時計に沿った流れ方はしていません。
今絵本が読みたい。
今おもちゃで遊びたい。
今目についたこれを知りたい。
子ども達の「今」に寄り添ってあげたい。
そう思いますが、母親だって1人の人間。いつもいつもそういうわけにはいきません。
わたしもしょっちゅう「ちょっとまって」と言ってしまいますが、絵本を持って来た時だけはどんなに忙しくても、手をとめて読んであげる様にしています。
勿論それもいつも完璧にとはいきません。
つい「ちょっと後でね」と言ってしまい、後になればもう息子はその絵本の気分じゃなくなってる...なんて事もあります。
そんな日は寝顔を見ながら反省するのですが。笑
全て完璧になんて無理です。
そんな完璧なロボットみたいな親なんていないです。
何かひとつだけでも、「これだけは自信を持ってやった」と思えるものがあればそれで良いと以前教えていただいた事があり、わたしもそのひとつを大切にしようと思ってきました。
わたしにとってそれが「絵本」です。
それが「栄養バランスを考えたご飯を毎日作っている」でも、「毎日お外で遊んでいる」でも、「お風呂で毎日歌を歌っている」でも、何でもいいと思います。
何かひとつあればそれは、子育ての自信にも繋がると思います。
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昨日は地元の親友と遊びました♡
お子ちゃんも2人。お姉ちゃんも弟くんも、息子とよく遊んでくれていつも感謝感謝です。
地元に帰ると必ず会っているので、第二の実家みたいなものです。笑
今日から1泊で母方の祖母の家へ行きます。
絵本と木のおもちゃのお店があるみたいなので、少しのぞいてきます✧楽しみ♡
150922
ayumi◡̈⃝